遺された人の「頼りになる」サービスを届けたい

2025年3月14日

突然私たちの日常を襲う災害、避けられない事故。「死」は誰にも突然訪れる恐れがあり、大切な人に思いを伝える機会のないまま永遠の別れとなることもある。そんな悲しみに襲われた人の頼れる存在になりたいと、「もしもの時に、思いと情報を自動で送信するWebサービス」の提供を始めた株式会社tayoriの直林実咲さん(28)に話を聞いた。


聞き手・松村真友(毎日みらい創造ラボ)


「tayorie」はどのような事業ですか


社名の「tayori」には、ユーザーが亡くなられた時に送信される「お便り」と「残された遺族の頼りになる」という2つの意味が込められています。サービス名には末尾に「e」を加え、「tayorie」としました。お手紙の始めに記す「~へ」をイメージしたもので、2024年11月にリリースしました。

メインのサービスは、ユーザーの方が亡くなったと判定された後、事前に登録した身近な方へのメッセージが自動送信されるというものです。メッセージを伝えたい相手を指定しておくと、tayorieのユーザーの生存確認のステップを踏まえて、最終的に登録しておいた相手にメッセージや情報が送信されます。


どのように伝言を用意しておけるのでしょうか


エンディングノートが近年話題になっていますが、周囲からは「ノートを購入したものの何を書いたら良いのか分からない」「集中して書く時間がなかなか取れない」と言った声をよく聞きます。tayorieはできるだけユーザーの負担をへらすために、LINEで友だち登録するとサービスを利用できる形にしました。ただ、メッセージを伝える相手の方にもtayorieの公式LINEを友だち登録していただく必要があります。


自分の選んだ相手に個別でメッセージを残すことができ、個人メッセージは実際の便せんをイメージした画像とともに表示されます。ゆくゆくは写真や動画も設定できるようにしたいと思っています。相続相手への遺言書とは違うので、ご家族やご友人の誰にでも思いをしたためることができます。


「思い」を預かるだけでなく、現在実装に向けて取りかかっているのは、亡くなった後に手続きが必要となる「情報」を残せるサービスです。自身が加入している保険会社名や口座を所持している銀行名などといった重要な情報を記録できれば、「頼りになる」存在になれるのではと思います。


ご本人の契約情報については、忙しい方々でも気軽に記入してもらえるように、日々tayorieから簡単な質問が届くようにしたいと考えています。「加入している保険会社は?」「スマホやPCのパスワード管理方法は?」と言った投げかけをユーザーの任意の頻度で送信し、ひとつひとつ回答していくことにより、だんだんとエンディングノートとなるような情報が蓄積されるようなイメージです。


銀行の暗証番号など機密性の高い情報を記入するのは難しいですが、その手前の基本情報や、契約書類の保管場所などの情報だけでも残すことができるようにしたいです。ご遺族が死亡届を銀行に提示することで口座が凍結できたり保険会社に問い合わせたりと、事務手続きの軽減になり、結果的に資産も引き継がれやすくなると考えています。


(メッセージを書き込む画面)


死者と遺族をつなぐサービスをしようと思ったきっかけは


自分自身が「死ぬかもしれない」と感じた経験は、大学2年の時です。一人で食事をしていてステーキを喉に詰まらせてしまい、「私このまま死ぬかもしれない」と感じました。身に迫るような「死」を体験した時、大切に育ててくれた母親のことを思い出し「このような別れでは母に申し訳ない」と心の底から感じました。その出来事から漠然と、「自分の身に突然何かが起こった時のために、身近な人に思いを残せるようなサービスがあったらいいな」と思うようになりました。

また、大切な人に突然先立たれた側の苦労も、個人事業主をしていた3年前に目の当たりにしました。学生時代に約10年間お世話になっていた習い事の先生が、自宅の階段で足を滑らせて42歳という若さで亡くなってしまったのです。私にとっては「第二の父親」のような大切な存在で、急なお別れにとても悲しく落ち込みました。


その方の奥様にもお世話になっていたのですが、残された奥様は精神的に辛く苦しい中で、夫の加入していた保険や銀行口座を見つけるために、家中のものをひっくり返して重要書類などを探し回っておられました。

「あの人からの言葉がなにか一つでも残っていたら、心の持ちようも違ったのにね」。辛く悲しい気持ちに襲われながら、死亡後の手続きという実務的負担を抱える遺族の姿を目の当たりにしたことで、「残された人の支えになるサービスがないのなら、自分で作るしかない」と起業を決意しました。

エンディング判定とはどのようなものですか


弊社がご用意した安否確認へのユーザーからの反応が一定期間なかった場合に、生存のご確認が取れなかったということで、tayorieが判定するものです。判定後に、メッセージを書いておいた相手に「たよりが届きました」と送信されます。

このエンディング判定までは3段階あり、まずは1~90日間のうちユーザーが任意で設定した頻度で「げんき確認」が届きます。1~3日ユーザーから返答がないと、LINEに加えてユーザーが設定したメールアドレスにも「ご無事ですか?」と通知が来ます。そこからさらに1~3日返答がない場合、「安否確認」としてユーザー本人と、事前に設定した身近な人に6時間おきに通知が来ます。

その後も反応がない場合にエンディング判定となります。

また、エンディング判定の「代理申請」も設けており、ユーザーが身近な人に対し、事前にエンディングを申請する権利を付与しておくこともできます。権利を付与された方はユーザー本人の代わりに判定を行うことができます。


(tayorieのメッセージ送信相手一覧。「エンディング申請の権利付与済」の相手は、ユーザーのエンディング判定を行う権利を持つ)


サービスを通して利用者にどんな体験がもたらされるのでしょうか


私たちは「残された人が笑って過ごせる未来をつくる」をミッションに掲げています。プロダクトは現在検証段階ですが、これまで実際にメッセージ記入をして頂いたユーザー様からは嬉しい反応を頂きました。

「身近な人へのメッセージを書くに当たって、改めて相手との関係を捉え直すきっかけになった」「書いてみたことで相手の大切さに気づき、対人関係がより良くなった」という言葉をもらっています。「tayorieを使い始めたことで、日頃から直接気持ちを伝えることを心がけるようになった」という方もいらっしゃいました。

これらの反応を頂いたことで、tayorieは「人生の棚卸しの機会を提供できる」「死後だけでなく、生きている間の人々のコミュニケーションを活発にし、よりよい生き方を探すきっかけ作りができる」とも確信しています。


「死は突然訪れるもの」というのは、ご高齢の方だけでなく誰にでも言えることですね。


私たちのサービスが「終活」の一環であることは認識しています。ですが働く現役世代、子育て世代に「年老いた時のためのものだ」と認識されないようにしたいために、「ことばの保険」と表現しています。「終活」という言葉はサービス上では使用していません。

保険は、お年を召した方のためだけのものではなく、明日も当たり前に働き生きていく世代が“もしものために”と加入するものです。tayorieにも、そういったイメージを持ってもらいたいです。年齢や持病などにかかわらず、万が一のことがあった時に「身近な人の精神的負担や事務手続きの負担を減らせるように」と準備しておくものにしてほしいのです。

誰しもがいつか必ず通る道であり、いつ起こるか分からないという点で、現役世代を含めなるべく多くの方の「ことばの保険」になりたいということです。


課題は感じていますか。


ユーザー登録をした方のメッセージ記入率が低いことが目下の課題です。やはり、いつかこの世を去った場合を想定してメッセージを作成する作業は、ハードルが高いのだろうと感じています。そのため、今後は「生きている間の節目の祝い事のタイミングでもメッセージを送り合うツール」としていきたいです。

記念日や子どもの成長などに合わせて送る記念メッセージをデータとして蓄積できるようにし、これまでお祝いのお便りにプラスして死後のメッセージが届くという形が理想です。そのためにも「今、tayorieを使って思いを書き残す理由」とそのための機会を創出するべく、働きかけを増やしていきたいところです。

メインターゲットは、生命保険の加入率が上がる「30~40代の女性」層を設定しています。年老いた親御さんもいて、お子さんも育てていらっしゃるような世代なので、親子3代に渡って家族間で幅広く活用してほしいからです。

「年老いた親に『終活してほしい』とは言いづらい」と悩む方にも、ご両親には「あくまで節目やお祝いごとのある時に思いを伝え合うツールなんだよ」と紹介してほしいです。年齢や健康状態を問わず、もしものために備えたいという思いがある方に気軽に利用してもらいたいですね。


今後の展望は。


行政や民間企業と連携し、より確実な支援を目指します。いずれは、行政に死亡届が受理された後など、確実なタイミングでのエンディング判定となるようにしたいです。

生命保険会社や銀行には、ユーザーの方が亡くなってからなるべく早く、その方の登録銀行にも通知が届けられたらと思います。日本は国民の約8割が生命保険に加入していると言われ、「もしも」に備える国民性があります。「ことばの保険」として広く認知してもらうために、私たちのターゲットとなる層が既に利用している企業とともにサービス提供についてブラッシュアップしていくつもりです。

日本ではまだまだ、資産の保管先が分からず遺族が資産継承できないケースが多く見られます。なるべく遺族の手元に届くようにすることで、お葬式などの工面に役立ててほしいです。「大切な人が困らないように」と用意したものなので、残された人には受け取ってほしいです。

今後、更なるユーザー数拡大を目指す中で、人の思いを届けるサービスを提供する立場として、私自身も「やりたいことはやれるうちに取り組む、伝えたいことは日頃から伝えておく」という心がけを人一倍意識して生活していこうと思っています。



直林実咲(なおばやし・みさき)

株式会社tayori代表取締役。横浜国立大学を卒業後、ディスカヴァー・トゥエンティワンに入社。

SNS運用代行などで個人事業主として独立後、2023年12月に同社を設立。

2025年2月、西武信用金庫、中野区などが行っている「ビジコンなかの」で創業賞を受賞した。


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