英シティーで和食デリバリー弁当創業 日本人元銀行員の挑戦

2018年1月17日

すし、うどん、豚骨ラーメン--。近年の広がる和食ブームを背景に、ロンドンでも日本でなじみの味が普及してきた。しかし、現地向けにアレンジされ、日本人には首をかしげたくなる味の和食も少なくない。そんな中、本物の和食を届けようと、世界有数の金融街シティーで弁当デリバリーを創業した元バンカーの挑戦が続いている。
 
「本日のお薦めはサバ。サラダとご一緒にいかがですかー!」。和食フードデリバリー「和惣(WASO)」の創業者、吉村俊宏さん(30)の声がシティーの冬空に響き渡る。すしやカレーといった定番メニューもあるが、「サバのみぞれ煮」や「すき焼き風厚揚げ豆腐」など、ひと手間加えた品が多い。シティー近くの貸倉庫を拠点に弁当をトロリー(台車)に積み込んで売り歩く毎日だ。

欧州連合(EU)離脱に伴うポンド安もあり、食品価格の上昇が続いているロンドン。日本食を楽しむには、ランチ時でも10ポンド(1500円)前後が相場だが、「和惣」の弁当は平均6~7ポンド。ミニマムオーダー(最低注文数)や配送料もない。注文は「午前10時50分まで」としており、あらかじめ調理する量や時間が計算できる「スケジュールデリバリー」によって配達コストを抑えている。

実際に「サバのみぞれ煮」をいただいてみた。サバの身は厚く、しっかりと歯応えがあり、炊き込みご飯との相性も抜群。ロンドンで生活して1年余。和食ならではの優しい風味が、ソースが決め手の洋食に慣れた舌に染み渡った。



本格的な和食が手ごろな値段で楽しめるとあり、シティーかいわいでは口コミで評判が広がっている。中には1年で300食以上注文する「お得意さん」も。シティーで働くビジネスマンは世界を飛び歩く機会が多く、日本で本格的な和食を味わった「食通」も少なくない。「本物を知る人なら本物を理解してもらえる」と吉村さん。シティーを商戦の地に選んだ理由がここにある。

吉村さん自身、東京の米銀大手JPモルガンで働くバンカーだった。高収入が約束された環境を捨て去ることに「全く怖さは感じなかった」という。

もともと起業志向が強く、「15歳の時、莫大(ばくだい)な私財を社会に寄付する外国人投資家の存在を知って以降、世界で活躍する人物になりたいと思ってきた」。JPモルガンで働きながら起業のチャンスを求めて渡米もしたが、「自分は一体何に情熱を持っているのか」と自問自答する日々が続いた。そんな時、15歳の頃に夢をつづったノートに目をやると、世界を舞台に日本の文化や食にまつわるビジネスを展開する夢が記されていた。

英国には外資系の日本食大手の中に「『本物』の和食」をうたい文句にする企業がある。「あの味を『本物』だとして売っていると知った時、自分の情熱が150%に達した」。自らの手で「本物」を広めようと決意し、2013年秋にJPモルガンを退職した。

退職後は、まずワーキングホリデービザで渡英し、外資系の日本食チェーンでレジ打ちなどを経験。帰国後に起業家ビザを取得して再び渡英し、15年春に開業にこぎつけた。シティーに出向き、片っ端から名刺をもらってはメニューをメールで送る作業から始め、徐々に顧客を獲得。売り上げは順調に伸びた。今はオンラインのみで注文を受けるビジネスモデルだが、今後はシティーに店舗を構える予定。「オンラインにオフライン(店舗)が加わることで、和惣ブランドのさらなる展開が期待できる」と意気込む。ニューヨークなど海外進出も考えている。

「和惣の弁当を食べた人たちには、和の全てを味わってほしい」。「全て」という意味の「惣」の字を社名にしたのはそんな願いからだ。「社会に『本物』でないものがあれば、それを『本物』に変えていく。我々のミッションは、世界中を『Authenticity』(本物)であふれさせることだ」と言い切る。「Authenticity」には「自分に素直な内心」という意味もある。「みんな、自分にうそをつかず、ありのままに生きよう!」。弁当を入れる紙袋を見ると、小さな文字で吉村さんのメッセージがプリントされている。

他のおすすめ記事