【AI】「見守らない」で子供の安全を 家電ベンチャーの八木啓太社長

2018年6月11日

大手メーカーを退職、2011年9月に単身で起業し、パイプ1本で作る斬新なデザインのLEDデスクライト「STROKE(ストローク)」でグッドデザイン賞を受賞するなど、「ひとり家電メーカー」として名をはせた「Bsize(ビーサイズ)」が昨年、5センチ四方の小さな通信端末を使った「子供の見守り」サービスを始めた。利用端末数はこの1年で当初目標の1万台をクリア。「次年度は計画を大幅に上方修正する」と意気込む。「見守りサービスで重要なのは『見守らない』こと」。そう説く創業者・八木啓太社長(35)に横浜市の本社で話を聴いた。【竹之内満/統合デジタル取材センター】


--折悪く、新潟市で下校途中の小2女児が殺害される事件が起きてしまいました(注・このインタビューは5月上旬に行われた)。


八木さん 地域の安全に対し社会的な関心が高まっている中、大変残念です。昨年の千葉県での女児殺害事件では、保護者会幹部が逮捕、起訴されました。何を信じていいか分からない世の中で、いかに家族の安全・安心を守っていくのか、社会的な課題だと思っています。新しいテクノロジーで解決できたら、との思いがあります。

GPS BoTの端末本体。1辺が5センチ、重さは46グラム=Bsize提供


--見守りサービスを考えたきっかけは何だったんですか? 八木さん 今のような社会背景もあるし、3年前に私も息子が生まれ、考えるようになりました。ちょうど今日、巡回バスで初めて幼稚園に行ったのです。お子さん宅を回ってピックアップするバスですが、忙しい親御さんにとって、バスの待ち時間が読めないのは大変です。しかし、私たちのサービス「GPS BoT(ジーピーエス・ボット)」を使えば、子供が家を出てからバスに乗って、無事に帰宅するまでが、スマートフォンで手に取るように分かります。また、お年寄りの見守りにも使えます。私の両親も高齢になってきたが、関西に離れて暮らしている。物理的に見守るにはハードルがあるが、それも克服できないか考えました。



キャプションの入子供が帰宅すると「自宅に着きました!」などとスマホに通知が届く=Bsize提供力
--実際にご自分でお使いになられている。

八木さん もともとは顧客のためと思って作ったが、いよいよ自分の番に回ってきた、と。手前みそになるが、「幼稚園に着きました」「自宅に戻りました」と通知が来るのでとても安心する。「自分も早く家に帰ろう」と実感をもって思えるのです。

--GPS(全地球測位システム)とWi-Fi(無線LAN)、携帯電話の電波で位置を追跡する。そこにAI(人工知能)が加わるというのはどういう仕組みなのでしょう?

八木さん 従来の「見守り」サービスは、「サーチ」した結果の「点」、つまりその時点での位置しか分からない。一方、このサービスは行動履歴を連続点として取っていくので、「線」、そして次第に「面」として行動内容が分かってくる。すると、「ここは頻繁に行く場所だな」「ここは自宅ではないか」とAIが推測。結果、データを1、2週間ためると、利用者の重要ポイントを把握し、「家につきました」「学校につきました」とか「帰宅したよ」とか、自動的にAI側から通知できるようになるのです。

突然、変な地域に向かい始めたら、「いつもと違うエリアに行っています」など、異常検知して通知することにも取り組んでいます。人間であれば気付くことができる異常を、人間が見守ることができないときにAIがサポートするということ。通学路はもちろん、移動スピード、通学圏から判断する。まさに日々、自分たちでも利用しながら開発中で、秋ごろにはリリースできる。

--一番難しい点は?

八木さん その人それぞれの異常や日常を、きちんと判定すること。オオカミ少年ではないですが、やたら危険を通知するとあおるだけで、信頼性が落ちる。適切なタイミングで通知するということが大事だと思う。そのバランスが一番難しい。ユーザインターフェース的にも、保護者の方と、どこまでが日常か、異常かお互いの合意をちゃんと作っていくプロセスを作り込んでいる段階です。

月額480円が実現できた理由


--ところで、GPS BoT用の端末は4800円で、利用料は月額480円。他の大手サービスと比べてかなりリーズナブルな価格設定です。なぜ実現できたのですか。
八木さん まず、弊社が端末メーカーであること。端末を自ら設計して、開発し、弊社で製造している。もう一つは、この中にSIM(シム)カードが入っています。セルラー回線で通信し、クラウドに位置情報などをアップロードしますが、この回線は電気通信事業者として、弊社がまとめて調達している。三つ目としては、アプリやクラウドサービスはわれわれが提供しているので、サービスプロバイダーとしての立場もあるのです。
通常の企業が見守りサービスをやると、3社分のマージンが乗ってきてしまう。弊社はそれを1社でやっている。つまり3分の1のマージンで同等のサービスを提供できるので、このビジネスモデルの価格上の優位を支えているのです。


インタビューに答えるBsizeの八木啓太社長。手前の白い端末がGPS BoT=2018年5月9日、竹之内満撮影

--他にも同種のビジネスモデルを持つ業者はあるのですか

八木さん 今のところ国内ではないです。

--子供が複数いれば複数台を購入し、両親のスマホのアプリで見ると。

八木さん ええ。例えば我が家のGPS BoT端末ですが、私と息子が持ち歩いています。2台でもアプリでは動きを同時に見ることができます。

--これ、奥様も同じ画面を見ることができる?

八木さん はい。共有すれば妻もおじいちゃん、おばあちゃんも見ることができます。家族でシェアできる。シェアは無料なので、端末台数の契約料金だけでいい。

GPS BoTの月別加入者数(棒グラフ)と、累積利用者数の推移=Bsize提供
--最新の契約者数は何人ですか?

八木さん この4月、およそ1万回線に達し、初年度目標をクリアできました。来年度は大幅に伸ばしていこうと、目標を上方修正しました。

--最近の2カ月でかなり契約者数が伸びていますが、なぜですか?

八木さん やはり3、4月に新1年生への準備がピークを迎えるので、まとまった保護者に購入していただけます。

--利用者の声は。


八木さん アプリのレビュー、SNSの口コミでも「他社のサービスから乗り換えたが、とても見やすい」や、「画面を見なくても通知が届くので安心できる」といった声ですね。



スマホのアプリには子供の移動コースが継続的に表示される=Bsize提供

--乗り換えた、というのは機能への評価ですものね。

八木さん 他社サービスだと、例えば、息子の幼稚園が提供するバスの位置情報サービスですが、一般的なものは子供の位置を探したとき、「ここにいます」という情報しか分からない。(携帯)キャリアーが提供する「子供用携帯」なども「今ここ」がわかるだけ。「ここ」までどんなルートで来たかは分からない。つまり、点でしか見守れず、自分がサーチしたタイミングでしか見守れない。だから、保護者は安心できず、常に「(子供は)今どこ?」とサーチさせられることになる。しかし、GPS BoTは行動履歴が一目瞭然で、何かあればAIが通知してくれるのが、安心いただける理由です。

--それが八木さんの言う「見守らない」ということですね?

八木さん そうです。子供が学習スポットに入ると通知が飛んできます。「自宅に着きました」「自宅を出発しました」「幼稚園に着きました」「幼稚園を出発しました」--と、AI側からメッセージが自動で飛んでくる。まるで誰かが子供に付き添っていて、一つ一つ今の状況を教えてくれているような感覚です。

--スマホの待ち受けに通知が表示されるので、中身も見る必要がない。

八木さん はい。アプリを開くことなく動きがわかる。利用者がいちいち確認することなく、「肩の荷を預けていただければ、こちらから教えますよ」という考え方です。

--つまり、普通の行動をしていれば、日々この通知が飛んでくるだけ、と。

八木さん はい。異常検知は現在開発中ですが、日常であっても異常であっても全方位の行動範囲をカバーするようになれば、かなり安心していただけるかなと。

端末製造から一気通貫のサービス
<八木社長は「安全・安心は、生活インフラだと思う。あって当たり前で、脅かされるということは社会が成り立つ前提に関わる問題」と指摘する。このため、「高価なものではなくあらゆる人が当たり前に使えるサービスを提供する必要がある」と話す。この考え方を積み上げて、現在の価格設定や利用形態となっている。そのビジネスモデルを深掘りすると-->

--すべてBsize1社でやっている。普通は他社と協力・協業を考えるのでは?

八木さん もちろんグーグルマップをはじめ、アマゾンのAWS(アマゾンウェブサービス)などオープンイノベーションということで他社技術も使っています。しかし、肝となる技術は自社開発し、この価格を実現しているのです。

--この価格設定、最初にターゲットとしてあったのですか?

八木さん ええ。ママさんの財布もなかなか厳しいので、例えば端末は5000円を切る、月額も500円を切ることが心理的な壁ではないかな、と。発売当初は達成できず、5800円に。その後、やっと4800円に値下げできて、売れ行きが上向いたのです。それが今年3月だったのです。

--どのような努力を?

八木さん 前提は月間解約率が非常に低い、とのデータでした。この種のサービスとしては極めて低く、自信を持った。これはつまり、一度契約していただければユーザーは長く利用してくださるということ。ならば端末の価格をもっと攻めることができると。利用者が増えれば中長期的には必ず回収できる。もう一つ、顧客からの支持も厚くなってきたので、短期に数万台が売れる見込みがたったのです。端末の部品をまとめて仕入れ可能になり、コストを落とせた。
--幼稚園などで一括契約、といった例はあるのですか?

八木さん 基本は保護者の直接購入、個別契約です。詳細は控えますが、もちろん大手インフラ事業会社や学校とのアライアンスは考えています。(女児が連れ去られ殺害された)新潟市のような事件が起きると保護者は非常に心配です。地域の安全をどう守るのかというのは、今後、重要な社会課題になってくる。
われわれはAIとIoT(物と物をつなぐインターネット)というテクノロジーを使って解決する、有望なソリューションだろうと自負しているので、ちゃんと社会に実装していきたい。われわれのようにメーカーで、一気通貫でサービスを提供すれば、シンプルなものになるのです。われわれは、高い技術力で端末も作り切れたので、市場からも支持されたと思います。


インタビューに答えるBsizeの八木啓太社長=2018年5月9日、竹之内満撮影
--八木社長は機械屋(ものづくり)を自負しています。この端末作りが最も難しかったのでしょうか?

八木さん 全部難しい(笑い)。 この端末をリーズナブルに、省エネでコンパクトに作るというのは非常に高い技術力が必要です。ですから社内でも、大手メーカーで携帯端末を作ってきたりパソコンを作っていたり、そういうメンバーが集まって知恵を絞ってきた。見た目は大変シンプルですが、開発にはいろいろな革新的な発想が入っています。

また、クラウド側にもAIを前提とした新しい考え方や、自然に見守ることができるようなアプリのユーザーインターフェースを使っている。これらのサービスを一気通貫で提供するところに強みがあり、簡単にはまねできないのは技術力の高さにあります。

--例えば、ハードの部分ではどんなところが。GPS BoTはSIMカードを載せていますね。

八木さん はい。今まではSIMカードは携帯キャリアーしか提供できなかった。われわれのようなビジネスモデルはなかったのです。MVNO(仮想移動体通信事業者)のように回線が増えてきたので通信サービスは民主化され、ベンチャーも挑戦できるようになった。そこに挑戦しているのが弊社、だと思っています。

--将来を見越して通信事業に打って出る、という考えは以前からあったのですか?

八木さん 構想では約3年前から。今は3Gの通信方式を採用していますが、それ以外の通信方式もいろいろ試して、将来を見越して最適な通信方式が分かってきた。そのロードマップを踏まえたうえで、今は3Gがベストだな、と昨年発売したのがこのサービス。1~2年ほど研究開発に費やした。

「見守り」には屋内の位置把握が不可欠
--3Gを採用した理由は?

八木さん 市場でのカバー率が最も高いからです。どこに行っても3Gはつながる。十分コモディティー化して、もっともリーズナブルだからです。

--この端末の大きさは、努力してこの大きさにしているのですか。

八木さん もっと小型にすることも可能です。しかし、それでは内蔵バッテリーの容量が小さくなる。1週間は充電しないで使えることをセールスポイントにしているが、それが難しくなるのです。土日に充電して1週間使うというサイクル。そのための大きさ、というバランスを取った結果です。逆に、もっと大きいと邪魔になります。ランドセルにポンと入れておく、あるいは今、靴メーカーと話をしているが、靴のかかとに入れて高齢者を見守るとか、最初からランドセルに組み込むといったことを考えている。小型で汎用性、自由度の高い大きさが重要です。

--携帯の電波、Wi-FiもGPSもというのは、すべてで行動を追跡すると。

八木さん 実は当初、GPSだけのバージョンだったのです。しかし、子供が屋内に入ったり、地下鉄に乗ったりすると目も当てられない。Wi-Fiはホームに着けば受信することができるので、これも重要な情報なのです。Wi-Fiデータをクラウドサーバーにアップロードして、サーバー上で位置を特定しているのです。クラウドサービスが一体となって特定している。この技術もわれわれだけですね。

--さらっとおっしゃるが、とても難しい技術では?

八木さん 試行錯誤の結果です(笑い)。スマホでWi-Fiを探すと、周辺のルーター候補が表示されます。「こういうWi-Fiが存在する」ということは把握できるので、このGPS BoTはそれを読み取りサーバーにアップします。私たちはグーグルのライセンスを利用しているので、そのWi-Fiのデータをグーグルに投げる。グーグルは「個々のWi-Fiがどこにある」というデータベースを持っているので、「あなたはこの辺にいる」と位置情報を投げ返してくれる。そういうAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を使っているのです。また、サーバーはアマゾンのAWSです。キーとなる技術は自前ですが、オープンイノベーションもうまく活用しているわけです。

--お年寄りの見守りという話もありました。今後の展開を。

八木さん お年寄りの見守りサービスを開発中です。あと非常に要望が強いのが、「重機などのアセット(資産)を管理したい」というもの。つまり、「物の見守り」に使いたいということで、準備しています。
--コマツ(小松製作所)は有名ですね。

八木さん そうです。実際その重機は稼働しているのか、どこにあるのか、重機を管理したり、盗難を防止したりということで、引き合いが強い。

--ここまで来ればハードルは低そうです。

八木さん はい。端末を一元管理するソフトを作っているので間もなく開始できると思う。つまり、GPS BoTの「横展開」はすぐにできる。われわれは重機業界に詳しくはないので、パートナー企業と一緒にサービスを磨いていくことができます。また、メーカーの強みを生かして、さまざまな派生機の試作もしています。

さらには、お年寄り向けに屋内用も計画しています。高齢者が元気に活動しているか、壁に端末を設置して動きを検知するタイプ。これは音声でコミュニケーションも取れればいいなと。「おばあちゃん元気?」とアプリに吹き込むと、おばあちゃんが壁の端末の前を横切るタイミングで呼びかける。「室温が28度を超えたら冷房を入れて」と、おばあちゃんにBoTが自動で語りかける。常に見守らなくても、BoTが見守ってくれるというコンセプトは変わりません。

「不安」「心配」 精神的課題の解決目指す

インタビューに答えるBsizeの八木啓太社長=2018年5月9日、竹之内満撮影
<一本、筋道が通ったGPS BoTのビジネスモデル。お年寄りの見守りへの展開など、その広がりに大きな可能性を感じる。しかし、八木さんは「結果だけ見ると当たり前のサービス内容かもしれないが、実はここに到達するまでに壁があった。その壁を破れなかったという経験が、いま業界をリードできる位置にわれわれを付かせている」と自己分析する。なぜなのか?>

--これまで、一番しんどかった時期はいつだったのですか?

八木さん 3年ほど前でしょうか。GPS BoTにいたる前、いろいろ試行錯誤したのですが、うまくいかなかったのです。

--何がダメだったのですか。

八木さん 実は3Gではない通信技術を使ったのです。しかし、人の見守りをするためには、どこでも確実に通信できないといけない。結果的に、通信できないエリアが発生し、時期尚早だったと3Gに見直したのです。今となってはこれが良い判断だった。

--大手インフラ事業会社や学校などとの提携は大きいですね。
八木さん JR西日本と提携し、西日本の沿線自治体に見守りサービスを提供していきます。「ジャイコのGPS BoT」という形でJR西が販促活動をしてくれます。あとは中部電力のほか、東京ガスとも業務提携を発表しました。

何しろ私たちは営業マンがいない(笑い)。地域に信頼されている大企業さんに売っていただく方が早いのです。他にはランドセルメーカー、「フィットちゃんランドセル」は業界2位ですが、一緒にGPS BoTを提供することもやっています。ランドセルメーカーは他にも何社かと同様の話をしています。

--八木さんは、ものづくりをしたくて起業した。すごいことだな、と思います。

八木さん Bsizeは、ハードウエア・ベンチャーに分類されます。今後、AIやIoTを活用していく中で、ハードを起点としながら生活インフラになるとか、生活になくてはならない製品として受け入れられつつあるという手応えを感じています。衣食住って飽和していて、「これ以上、家電っていらないよね」という時代にある。でも、一方で毎日せわしないとか、子供が心配だとか「なぜこうも解決できていないのだろう」ってところに取り組んでいる。

--今後の目標を最後に。

八木さん 私たちは、まったく新しいテクノロジーでもって、精神的な課題をしっかり解決して、かつ社会システムを巻き込んでいくというところを、次の時代にやるべきことかなと思う。人々の「肩の荷」をBoTに預けてもらい安心してもらえたら、生きやすい世の中になる。そこに貢献できたらと思う。人やコミュニティーではカバーしきれない所をテクノロジーで補うことができたら、作り手冥利に尽きるなと思います。

八木 啓太(やぎ・けいた) デザインエンジニア。1983年、山口県生まれ。大阪大学大学院修了。電子工学専攻。富士フイルムで医療機器の機械設計に携わった後、デザインを独学し、2011年に退社、Bsizeを設立した。最初の製品であるLEDデスクライト「STROKE」でグッドデザイン賞、独red dot design awardを受賞した。

他のおすすめ記事