従事者の平均年齢が66歳を超えた日本の農業。高齢化や担い手不足、耕作放棄地の増加など課題は山積している。そんな第1次産業に挑む元暴走族総長がいると聞き、会いに行った。
●企業理念は「革命」
千葉県酒々井(しすい)町のJR酒々井駅から車で約15分。同県富里市の農業法人「ベジフルファーム」に着いた。出迎えてくれたのは社長の田中健二さん(40)=同県松戸市。身長182・5センチ、体重81キロ。がっちりした体格には存在感がある。Tシャツに作業ズボン姿。農作業をする腕は日に焼けている。10代の頃、暴走族の総長だった。いわゆる元ヤンキーである。
一緒に、富里市内にあるビニールハウスへと向かう。近くに豚舎があり、畜産特有のにおいが漂う。ハウスに入ると、ベトナム人実習生の女性が小松菜を収穫している最中だった。
「そっちは(小松菜全体の長さが)短い? 長い?」
「虫いる?」「アブラムシ?」
田中さんが次々と質問を投げかける。小松菜はベジフルファームにとって主力商品。品質を確認する田中さんの視線は厳しい。
農林水産省によると、2017年の農業就業人口は181・6万人で、平均年齢は66・7歳。会社勤めなら退職していてもおかしくない年齢だ。また、15年の耕作放棄地は42・3万ヘクタールと、富山県とほぼ同じ面積にまで拡大している。農業を取り巻く環境は厳しいが、田中さんのような比較的若い経営者も参入している。
ベジフルファームのホームページの一部
田中さんは12年にベジフルファームを設立した。役員や正社員、ベトナム人実習生や日本人のパート従業員で30人弱。計18ヘクタールの畑で小松菜や大根、ニンジンなどを生産している。企業理念は「エキサイティングな革命を起こし『農』と言える日本へ」。「革命」とは何とも勇ましい。
ベジフルファームは常識にとらわれない取り組みで注目を集めている。その一つが、小松菜にヘビーメタルの音楽を聞かせて育てる試みだ。きっかけは、パンをおいしくするために工場でクラシック音楽を流して酵母の発酵を促進させることを紹介したテレビ番組。「小松菜にヘビーメタルを聞かせたら、もしかしたら鉄分が増えたりしないだろうか……」。酒の席で、ふと口にした仲間の一言にみんなが賛成した。
ビニールハウス内に響いたヘビメタ。鉄分は増えた? 結果はいかに? 「鉄分は増えなかった。非科学的ですね」と田中さんは笑い飛ばした。しかし、ヘビメタを浴びた「メタル小松菜」は話題になり、インターネット通販で売れた。大半の小松菜は普通に出荷しているが、今でもメタル小松菜の注文があれば、ヘビメタを聞かせてから出荷している。
●先輩から学び
最初から農業を志したわけではなかった。東京都内の私立高校を卒業後、父親が経営する青果市場運営会社に入り、仲卸業に携わった。もともと「負けず嫌いのヤンキー気質」なので、営業成績は良かったという。農業の道を選んだきっかけの一つは、九州のミカン産地を視察した時に高齢者が働く現状を見て、「若いやつらは何やってんだよ」と感じたことだ。
「農業はもうからない」「お前がやれるほど簡単じゃない」。周囲からはそう言われた。しかし、言われれば言われるほど「絶対やってやる」と燃えるのが田中さんたるゆえん。銀行などから資金を借りて農業法人を設立。まずカボチャ作りを始めたが病気が発生し、予想の半分しか収穫できずに失敗した。大変なのにお金にならない--。そこに、先輩農家から「一緒に小松菜を作ろうよ」と声がかかった。「初年度から赤字を出さずに済んだのは、先輩農家が全て教えてくれたのが大きかった」
●業績は今期も好調
政府が5月に決定した農業白書(食料・農業・農村の動向)は、49歳以下の若手農業者を特集した。近年は農業法人などで雇用が拡大し、若手の新規就農者数が比較的高い水準で推移するという明るい兆しもみられると分析。また、農業の発展に向けて「次世代を担う若手農業者が、付加価値の向上、規模拡大や投資を通じた生産性の向上に挑戦し、効率的かつ安定的な農業経営を実現していくことが重要」と指摘している。
設立当初、ベジフルファームは畑の状態を把握するため、土を頻繁に分析機関へ出して特徴や傾向をつかんだ。土を重視する考え方は今も変わらない。いい土で作れば、いい農産物ができるからだ。野菜は健康に良いだけでなく、「安くて手軽に食べられるものであるべきだ」というのが田中さんの持論。「原価率を下げていくことを突き詰め、適切な設備投資をして小松菜の収量をどんどん増やしたい。全国でシェア数%を握ってみたい」と言う。機会があれば農地を増やしていく考えだ。
農業の課題としてよく指摘されるのが、農家に価格決定権がないこと。田中さんも「農家で価格を決定している人はあまりいない」と明かす。ベジフルファームは生産物を農協(JA)やスーパー、仲卸業者などに出荷。基本的には事前に単価と数を決めているので、安く買いたたかれることはないという。「農業はもうからないと言われるけど、この地域の人は、もうかっている人がたくさんいる」と田中さん。ベジフルファームの業績は今期も好調だという。
一方、農業といえば「きつい」というイメージから若者に敬遠されがちだが、田中さんはこう言う。「実際、農業は土木作業員と変わらない。それでいいじゃん。一日中、泥だらけになって汗まみれになって。体をよく動かすから結構疲れる。だから、非常にメシがうまい。営業マンの頃に比べると、倍以上の白米を食べている。そして汗をかく仕事をしているから、体の調子がいい」。そして、農業の魅力で結んだ。「朝起きて、日を浴びて。近所の人とのつながりもあって。人間のあるべき生活だと思う。農業は働き方というよりもライフスタイル。働くという観点だけでは収まらない懐の深さがある。そういう目で見ると、いい職業なのではないか」【田口雅士】
【農業】元暴走族総長、「エキサイティングな革命を起こし『農』と言える日本へ」
2018年6月28日