働き方改革 AIの指示で働けますか 痛烈ダメ出しも

2018年1月18日

人工知能(AI)活用を目指す企業が増えている。人の判断を補ったり単純作業を代行したりするだけでなく、人の仕事のやり方を分析し、効率アップの方法をアドバイスするAIも登場。残業を減らす「働き方改革」にも資すると期待される。「同僚はAI」という日も遠からず来そうだが、それで私たちは幸せになるのだろうか。【中村かさね】
 
午前6時15分に出勤すると、パソコンの起動より先に社員からの短行メッセージの書面に目を通す。業務用プリンター製造販売「サトーホールディングス」(東京都)で、松山一雄社長の一日はここから始まる。
 
 

 
社員約2000人が、会社を良くする気づきを127文字以内で毎日書いて提出する。選ばれた40件に社長が青ペンでコメントし、対応を指示する。「三行提報」と呼ばれ40年以上続く同社の伝統だ。日々の経営判断の源だが、年間約50万件、過去15年間で約700万件に上り、人の処理能力を超えている。

そこでAIを導入し、大量のデータを基に自ら学習するディープラーニング(深層学習)で「提報」を思いもよらぬ価値創造や商機につなげようとしている。松山さんは「もはやビッグデータ。時系列で分析すれば人材育成などにも活用できる」と期待する。AIの深層学習は、囲碁でトップ棋士を破ったことで一気に注目された。

三井物産は今年、社内の会議録や発注書面の作成をAIに任せ始めた。4時間かかるテープ起こしが1時間で済む。社内サーバーの検索システムもAIで精度を高め、必要な情報を自動選択する「レコメンド(おすすめ)機能」を加える。こうして浮いた時間を残業削減や知的生産に振り向けようと狙う。担当者は言う。「情報や知識の共有は商社の生命線。多量の情報をAIに整理させ業務効率を上げれば、働き方改革につながる」

「働き方改革」をじかに指南するAIも登場した。

日本マイクロソフトは社員一人一人の就業時間の使い方を分析、助言するAIを開発した。「会議の20%を内職していた。本当に必要な会議か」「あなたが送ったメールは開封されるまでに5時間かかり、4秒で斜め読みされた。本当に必要か」という具合だ。昨年12月~今年4月に社内4部門41人で試したところ会議時間が約3割減り、労働時間を延べ3579時間減らした。2000人規模の企業の残業代に換算すると年7億円の削減効果という。

日立製作所が開発を進めるAIは名札型のウエアラブルセンサーを身につけた人の行動や会話を観察し、どう業績と結びつくのかを深層学習。一定期間後に本人への助言を開始する。会話の中身を判断し、話すべき相手まで勧める。日立グループ営業部門約600人による実験で、名札を長く着用した部署で受注達成率が上昇したという。

10年後、労働者の半数が代替可


AIは、データを与えれば瞬時に最適解をはじき出す。採用活動に導入する企業もある。野村総合研究所の岸浩稔主任コンサルタントは「AIをどこまで活用できるかで差がつく時代が来る。AIで武装した人間や企業が最も強い」と強調する。

短期的にはAIが人の働き方を効率化し、私たちを長時間労働から解放するかもしれない。AIで効率化や利益の極大化を達成した企業が生き残っていく。その先に何が待つのか。

今後10~20年間で日本の労働人口の49%はAIやロボットで代替可能--。野村総研が2年前に公表した試算が世間を驚かせた。岸さんは言う。「これまで日本の企業が求めてきた人材は幅広くそこそこ何でもできるゼネラリストだった。AI時代に必要なのはスペシャリストだ。付加価値が高く創造的な業務を担い、リーダーシップを発揮することが求められている」

裏返せば、付加価値や創造性の低い働き方しかできないゼネラリストはいらない、ということになる。実際、AIで銀行員はもう不要--などと説く本が書店に並んでいる。

多くの業種でAIが人に取って代わり、人が残る業種でもAIが指示を出す。そんな時代がやってくる。

「組織や社会を良くするための指示を、人間が出すかAIが出すかは大きな問題ではありません」。こう語るのは、AI研究をけん引するドワンゴ人工知能研究所の山川宏所長だ。「大事なのは、AIに指示されることを人間が納得し選択しているかどうかです」

人は働くことで、食いぶちだけでなく自己肯定感も得ている。日本では少子化で急減する労働人口をAIが補うという楽観論もあるが、AIに仕事を奪われ生きる意味も見失ったと感じる人も出てきかねない。

「仕事以外で他人に認められたいという承認欲求をどう満たすのか」と山川さんは難題を提起する。ボランティア、趣味、ネット上での自己発信……。「いま定年退職者がぶつかっている壁に、将来、若い世代もぶつかることになる」と言う。「今の世は働かない人を冷遇するが、いろんな生き方を認める社会にしなければなりません」

幸せとは。生きるとは……。AIは根源的な問いを突きつけてくる。

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