「スーパーコンピューターの限界をはるかに超える」とされる量子コンピューターの研究が世界で加速している。さまざまな産業への応用が期待されるが、本当の実用化には数多くのハードルがある。どんなコンピューターなのか、最新研究と課題を取材した。【酒造唯】
●渋滞解消の鍵
「タクシーが北京中心部から空港へ一斉に向かう際、渋滞に巻き込まれない最短ルートは?」--。ドイツの自動車大手フォルクスワーゲンは昨年、中国を舞台にした研究で、1万台のうち418台について渋滞を回避できる快適なルートを導き出したと発表した。計算したのは、カナダ企業が世界で初めて商品化した量子コンピューター「Dウエーブ」。従来は30分かかった計算を数秒でこなした。
量子コンピューターは、条件が少し増えるだけで計算量が爆発的に増える「組み合わせ最適化」という問題の処理が得意とされる。例えば、営業マンが複数の都市を1回ずつ訪れ、できるだけ速く最初の都市に戻るコースを計算する場合、逆回りも同じとするとコースは4都市で3通り、5都市で12通りと増え、30都市なら10の30乗通り以上になる。このうち、どれが最短かを割り出すには全コースを比較する計算が必要だ。スパコンなら長時間かかるのに対し、短時間の処理が可能という。
数字を素数の掛け合わせで分解する「素因数分解」も得意とされる。例えば、12なら素数の2×2×3、15なら3×5に分解できる。数が大きくなると、この組み合わせを見つけるのは困難になるが、量子コンピューターなら大きな数でも短時間で導ける。
インターネットセキュリティーは、素因数分解の原理を暗号に使っており、量子コンピューターの能力で現在の暗号方式が無力になり、絶対に解読できない新しい暗号が生まれるかもしれない。物流の効率化や渋滞が起きない信号制御技術、人工知能(AI)による自動運転の高性能化、無数の化合物を組み合わせる創薬への応用も期待される。
●「重ね合わせ」で
量子コンピューターはどんな仕組みで計算しているのか。光や電子などミクロの世界の法則を示した「量子力学」では、常識とは違う不思議な現象があり、その一つの「重ね合わせ」という現象を利用している。例えば、左右に仕切った箱にリンゴ1個を入れると、リンゴはどちらかに入る。しかし量子の世界は異なる。リンゴの代わりに量子を入れると、量子はどちらにもとどまらず両方に存在する。常識では理解しにくいがこれが「重ね合わせ」だ。
通常のコンピューターで、情報の基本単位となるのは「ビット」で、「0」か「1」を使う。例えば2ビットなら00、01、10、11の4回の処理をこなす必要がある。一方、量子コンピューターは重ね合わせによって「0」と「1」を分ける必要がなく、「0でもあり、1でもある」という状態で計算できる。通常なら2ビットで4回必要な処理を、1回で処理できる。処理能力はビット数が増えるほど飛躍的に上がり、10ビットなら速さは1024倍、40ビットなら1兆倍以上--と、2のn乗(nはビット数)倍で効率が上がる。
●実用化に数十年?
しかし実用化には課題を抱える。「重ね合わせ」は外部の振動や熱などによって壊れやすく、大型化は困難だ。Dウエーブの規模は最高2000量子ビットで「小型」に当たる。大きい数の素因数分解を解くには1億量子ビットが必要だ。
今の技術では応用性にも乏しい。Dウエーブは「組み合わせ最適化」の問題を解くために特化しており、Dウエーブの理論を提唱した西森秀稔・東京工業大教授は「現在のコンピューターの代わりにはならない」と話す。
そもそも量子コンピューターの定義が定まっていない課題もある。NTTなどは昨年11月、国の予算を受けて「世界最大規模の量子コンピューター」とのうたい文句で計算装置を公表した。しかし「量子コンピューターではない」との指摘が共同研究者からも相次いだ。
文部科学省の専門部会は昨夏、スパコンでも困難な計算が量子コンピューターで可能になるのは、早くても2022年度以降になるとする工程表をまとめた。応用性があるタイプの開発には「数十年かかる」(専門家)とも言われる。キャッチフレーズに惑わされず、技術の進化を冷静に見守る必要がありそうだ。
スパコン超える「量子型」 創薬への応用期待、大型化に課題
2018年1月19日