イノベーション不足と“遊べない国”の深い関係

降りしきる雨の中、初老の男性が河川敷を見つめている。

6月中旬、東京都狛江市の多摩川河川敷。男性は市に委託された警備員。河川敷でバーベキューをしていないかを監視するのが仕事だ。本来、公共の空間である河川敷は誰でも自由に利用できる。ところが、多摩川では4年ほど前からバーベキューをする若者が急増した。食べ散らかしたまま帰る人も多く、周囲はゴミの山と化し、民家の庭をトイレにする利用者まで現れた。市は昨年4月、バーベキュー禁止条例を施行。違反者は2万円以下の過料を払うことになる。午後6時まで監視を続けた男性がため息をつく。「マナーを守らないから遊び場が減っていくんだ」

6月下旬、川崎市の栗平東公園。遊んでいる5人の小学生に歓声はない。手には携帯ゲーム機。「野球もサッカーも危ないからやらない」。男児はそう語るとゲーム機に目を落とした。「大声禁止」「自転車乗り入れ禁止」「ボール遊び禁止」――。都心部の公園を歩くと、数々の禁止事項に出くわした。

安全対策上、遊具の撤去も進んでいる。1990年代以降、ブランコなどの遊具で子どもが死傷する事故が相次いだためだ。国土交通省によると、10年前と比べて箱ブランコは約7分の1に、シーソーは約1割、ジャングルジムは約2割減った。一方、高齢者向けの健康遊具は4倍近く増加。少子高齢化のスピード以上の急激な変化で、公園管理者の一人は「事故があれば行政の管理責任が問われる。危険のない安全な空間にシフトするのは当然の流れだ」と話す。

マナーの悪化、安全志向の高まり、少子高齢化――。社会情勢の変化の中、公園がどんどん窮屈になっている。緑園こどもクリニック(横浜市)の山中龍宏医師は「公園とは、子どもが危険を察知する力を学び、できないことに挑戦して達成する喜びを学ぶ場所だ」と指摘。子どもの事故防止策にも熱心な山中さんだが「防ぐべきは子どもが予測できない危険だけでいい。遊具をとにかく撤去しようとする動きは『事なかれ主義』では」と話す。

安倍政権内は経済成長に、「民間活力の爆発」「破壊的イノベーション」「次元の違う規制緩和」が必要だとしてきた。だが、公園管理団体の幹部は冷ややかに指摘する。「窮屈で規制だらけの公園を見ていると、とても民間活力が爆発するとは思えない」

◇危険残す試みも 「遊びの力」を成長に

公園や河川敷など遊びの空間に対する規制が厳しくなる中、子どもたちの遊び場を確保するための取り組みも広がっている。

東京都世田谷区の住宅街に広がる原っぱ。区有地の一角だが、地面は子どもの掘った穴でデコボコしている。手作りの滑り台に水を流し、ウオータースライダーにして遊ぶ子どもたちの歓声が響く。4歳の女の子は、高さ2メートル以上の滑車ロープにつかまり滑り降りていった。

NPO法人「日本冒険遊び場づくり協会」(大村虔一(けんいち)代表)は全国で「プレーパーク」と呼ばれる遊び場づくりの運動を支援している。世田谷の原っぱもその一つ。子どもの火遊び事故を防ぐため、経済産業省は2011年、着火しにくい機能を義務付ける「ライター規制」に乗り出したが、プレーパークではたき火などの火遊びもできる。

「リスク回避能力を身につけるには、危険を除去せずに危険と向き合わせる必要がある」(協会理事)といい、けがをした場合は「プレーリーダー」と呼ばれる大人が手助けする。プレーリーダーの森川和加子さん(29)は「ここは子どもが自分の責任で自由に遊ぶ空間だ」と話す。

デフレの下で低成長を続ける日本経済。企業はどんな人材を求めているのか。経団連が6月13日に発表した人材育成に関する提言書によると、1位は「既成概念にとらわれず、チャレンジ精神を持ち続ける若者」。世田谷でプレーパークづくりにあたる三輪英児さん(56)は「今の若者は社会に出ても自分から行動しない『指示待ち人間』といわれるが、自分で考えて遊ぶ子ども時代を過ごしていないためだ」と、「外遊び」の大切さを訴える。

協会理事の佐々木建二さん(48)はJR東日本に勤める1級建築士。日本経済が成長できない原因を「幼少期の遊び不足」にあると捉えており「どろんこ遊びもしたことのない者にイノベーションは起こせない」と説く。

「日本の経営者、政治家の皆様へ 外遊びの力を次の世代に」――。協会は、遊びの充実を求める提言書を政府や経済団体に提出する準備を進めている。
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◇公園
公園は都市公園▽児童遊園▽その他の公園――に分類される。都市公園は都市公園法に基づき、誰もが利用することを前提につくられ、児童遊園は児童福祉法に基づき、児童の健康増進などを目的に整備される。1970年代以降のベビーブームで、子どもの人数が増加したことを背景に子ども向け遊具の設置が進められた。
ところが90年代後半以降、箱ブランコで遊んでいた子どもが死亡するなどの重大事故が起き、公園を管理する自治体に損害賠償を求める訴訟が増加。自治体による遊具の撤去が加速した。
また、公園で遊ぶ子どもの声がうるさいとして騒音差し止めの仮処分を申請するケースが出るなど、各地でトラブルが相次いでいる。
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◇プレーパーク
子どもたちの発想と工夫で自由に遊べる空間。1940年代にデンマークの造園家が、廃材置き場で遊ぶ子どもを見て発想したのが始まりで、スイス、イギリス、ドイツなど欧州で広がった。日本では70年代以降、子どもの自由な遊び場を確保しようと普及活動が始まり、現在は全国に約300カ所整備されている。